公開日 2026年4月11日
追記・変更
2026年7月30日
「開業年」に『月刊土佐』『高知市住宅地図』『ゼンリンの住宅地図』『1980土佐を飛ぶ』による根拠を追記
「閉業年」に『タウンページ高知県職業別電話帳』による根拠を追記
「廃業年」を追加
「構造」に『月刊土佐』による根拠を追記
「まとめ」の「開業年」「閉業年」を変更し「廃業年」を追加
2026年7月31日
「開業年」「閉業年」「廃業年」の根拠を見出し表記に変更
「営業期間」を追加
2026年8月2日
「営業時の料金」に料金看板の写真を追加
2026年8月5日
「リニューアル工事期間の存在」を追加
【関連投稿】
2025年9月現在の「ホテル皇邸」現地レポはこちら。
「【高知県高知市】「ホテル皇邸」現地レポ-2025年9月」
こんにちは。
今回は、高知県高知市に存在する「ホテル皇邸」というラブホテルの廃墟について考察していきます。
概要
「ホテル皇邸」は、高知県高知市長浜の県道34号線沿いにあるラブホテルの廃墟です。
西洋の城を彷彿とさせるレンガ造りの外観と、洋風の豪華な内装が特徴です。
ネット上では「ホテル皇帝」と記載されることもありますが、正しくは「ホテル皇邸」です。

出典:2026年3月筆者撮影
歴史
開業年
開業年は、1979年(昭和54年)12月~1980年(昭和55年)5月18日と推測します。また、少なくとも1980年(昭和55年)8月には確実に開業しています。
根拠①中古物件としてホームページに掲載されていた築年月
「ホテル皇邸」が中古物件として販売されていた際のホームページに、「築年月1979/12/」と記載されていました。そのため、建物が完成したのは1979年(昭和54年)12月です。
根拠②『月刊土佐』に掲載されている開業年
1986年(昭和61年)に和田書房が発行した『月刊土佐』という雑誌には、「ホテル皇邸」の情報が掲載されており、開業は「S.54頃」と記載されています。
根拠③『1980土佐を飛ぶ』に掲載されている航空写真
1980年(昭和55年)10月に高知新聞社が発行した『1980土佐を飛ぶ』というカラー航空写真集には、小さくではありますが2枚「ホテル皇邸」が写っている写真があります。この、「ホテル皇帝」を含む航空写真が撮影された年月日は、「1980・5・18撮影」「1980・6・5撮影」と記載されています。
この書籍のあとがきには、「「個々の家が確認できる」ことを最大のポイントに」と記載があります。この言葉の通り、これが「ホテル皇邸」であると明確に分かるほどの高度から撮影されています。
根拠④『高知県職業別電話帳』への掲載年
1980年(昭和55年)11月に日本電信電話公社四国電気通信局が発行した『高知県職業別電話帳』には、「皇邸」「ホテル皇邸」として掲載があります。この掲載情報は、1980年(昭和55年)8月1日現在と記載があります。
前年の1979年(昭和54年)8月に発行した電話帳には、「ホテル皇邸」の掲載がありません。掲載情報は、1979年(昭和54年)5月1日現在です。
根拠⑤住宅地図への掲載年
1980年(昭和55年)5月に株式会社セイコー社が発行した『高知市住宅地図』と、1980年(昭和55年)8月に株式会社ゼンリン社が発行した『ゼンリンの住宅地図 昭和56年度版 高知市周辺部』には、「ホテル皇邸」の掲載があります。
ですが、前年の1979年(昭和54年)1月に株式会社セイコー社が発行した地図と、1979年(昭和54年)に株式会社ゼンリン社が発行した地図には「ホテル皇邸」の掲載がありません。
閉業年
閉業年は、1991年(平成3年)6月14日~1992年(平成4年)6月15日と推測します。
根拠 『タウンページ高知県職業別電話帳』への掲載取り下げ年
1991年(平成3年)9月に日本電信電話公社四国電気通信局が発行した『タウンページ高知県職業別電話帳』には、「皇邸」「ホテル皇邸」として電話帳に掲載があります。この掲載情報は、1991年(平成3年)6月14日現在と記載があります。
ですが、翌年の1992年(平成4年)9月発行からは電話帳に掲載がありません。掲載情報は1992年(平成4年)6月15日現在です。
ネット上では、「1993年のみ電話帳に記載がある」という情報が広まっています。この情報について、どの電話帳によるものか根拠不明ですが、誤りである可能性があります。
廃業年
廃業年は、1996年(平成8年)5月~1997年(平成9年)5月と推測します。
根拠 住宅地図への掲載取り下げ年
1996年(平成8年)9月に株式会社ゼンリン社が発行した『ゼンリンの住宅地図 高知市(周辺部)』と、1996年(平成8年)11月に株式会社セイコー社が発行した『はい・まっぷ高知市』には、「ホテル皇邸」の掲載があります。特に株式会社ゼンリン社が発行した住宅地図には、「(3月~5月調査)」という記載があります。
ですが、翌年の1997年(平成9年)9月に株式会社ゼンリン社が発行した地図と、1997年(平成9年)10月に株式会社セイコー社が発行した地図には、「ホテル皇邸」の掲載がありません。株式会社ゼンリン社が発行した住宅地図には、前年と同じく「(3月~5月調査)」という記載があります。
これらの資料の情報をまとめると、最後に「ホテル皇邸」の存在が確認できるのは1996年(平成8年)11月に株式会社セイコー社が発行した『はい・まっぷ高知市』です。そして、最初に「ホテル皇邸」の存在が確認できなくなるのは、1997年(平成9年)9月に株式会社ゼンリン社が発行した『ゼンリンの住宅地図 高知市(周辺部)』です。
株式会社セイコー社の地図は調査月が不明なため、株式会社ゼンリン社の地図による調査月から推測すると、廃業年は1996年(平成8年)5月~1997年(平成9年)5月となります。
営業期間
推測される開業年・閉業年・廃業年から、おおよその営業期間を明らかにすることができます。
仮に1980年(昭和55年)開業、1991年(平成3年)閉業とした場合、11年間営業していたことになります。また、仮に1996年(平成8年)廃業とした場合の期間まで含めると、16年間存在していたことになります。
筆者の想像ですが、廃業期間である1991年(平成3年)から1996年(平成8年)までは管理者が常駐して建物が維持管理され、外観としては営業しているような様子だったのではないでしょうか。資材置き場として一定数の出入りもあったことでしょう。
リニューアル工事期間の存在
噂ですが、開業後は数年で休業もしくは閉業し、リニューアル工事を経て再び開業したという話があります。
実際「ホテル皇邸」は、開業当初と現在で外壁の色が異なります。開業当初は白に近いグレー色をした建物でした。
「開業年」の根拠③で述べた資料にある「ホテル皇邸」を見てみると、建物の形は現在と同じですが、外壁は茶色ではなく白に近いグレー色をしています。
外壁の色から想像すると、開業当初はレンガ風の城ではなく、天然石風の城だったのかもしれません。
推測ですが、天然石風の城をした外観で開業し、数年で休業もしくは閉業、リニューアル工事を経てレンガ風の城として再び開業したのではないでしょうか。
廃業後の廃墟化
廃業後は資材置き場として利用されていましたが放置されて廃墟化し、ホームレスの住処や不良の溜まり場となっていきました。また、営業当時から幽霊が出るという噂があったため、心霊スポットとして知られるようになりました。
2021年には「ゾゾゾ」という心霊系YouTuberが訪問したことで、さらに有名となりました。
「ホテル皇邸」は、高知市の不動産仲介業者によって売りに出されています。いつから売りに出されているか不明ですが、Googleストリートビューを確認すると2012年(平成24年)には売物件の看板が設置されています。
2023年2月時点、その不動産仲介業者のホームページには中古物件として「高知市長浜 大きな売集合住宅」というタイトルで掲載されており、金額は2,500万円でした。
2026年4月現在、その不動産仲介業者のホームページを見ると中古物件ではなく土地として売りに出されており、金額は1,380万円です。
構造・料金
構造
1986年(昭和61年)に和田書房が発行した『月刊土佐』という雑誌には、「ホテル皇邸」の情報が掲載されており、客室数は計13室で連棟式という内容の記載があります。さらに、「ホテル皇邸」を探索しているブログ・動画から構造を確認しました。
基本的な構造は、1階が車庫、2階に客室がある連棟式ガレージタイプです。このような構造の建物が2棟あります。客室数は東側の建物が8室、西側の建物が5室の計13室です。
部屋割りのイメージは以下です。赤い線で囲った部分が部屋割り、青い線で囲った部分が管理人室です。

出典:グーグルマップ
ネット上では、「部屋数は合計で20室弱ほど」という情報が広まっています。この情報について根拠不明な上、別の土地や建物が存在したという資料も見受けられません。
筆者が先ほど述べた『月刊土佐』に掲載されている部屋数、探索しているブログ・動画から確認した部屋数、航空写真から見た部屋割りによる部屋数の3つが計13室と一致しています。このことから、部屋数が計20室弱というのは誤りであり、正しくは計13室であると考えられます。
部屋の特徴
部屋の作りは、1階がバスルームと車庫、もしくはバスルームのみ、または車庫のみの3パターンあります。2階はバスルーム・トイレ・洗面所・サウナルーム・ベッドルームとなっています。
部屋は派手な内装や色使いとなっています。全室に絢爛豪華なバロック調家具や優美なロココ調家具が導入されています。なかには、回転ベッドがある鏡張りの部屋もあります。基本的にどの部屋も中世ヨーロッパの城を彷彿とさせる内装ですが、一部は和風な内装の部屋があります。
部屋の特徴は、1階と2階あわせてバスルームが2つあることです。さらに、浴槽の種類が多種多用です。バスルームに1つ浴槽がある部屋もありますが、1つのバスルームに浴槽が3つある部屋、深さの異なる浴槽が2つある部屋、プールのような広い浴槽、岩風呂がある部屋もあります。
営業時の料金
現在も残されている料金表看板から、営業時の料金を確認することができます。
宿泊4,600円
休憩2,000円

出典:2026年3月筆者撮影

出典:2026年3月筆者撮影
「ホテル皇邸」の不可解な事実
YouTubeには、心霊系YouTuberが許可を得て「ホテル皇邸」を探索している動画が何本かアップされています。それらの動画で明らかとなった不可解な事実が以下です。
●客室には、学生が勉強部屋にしていたと思われる痕跡がある。
●浴槽に燃えた御札が落ちている。
●客室や通路には、当時の状況をうかがい知ることができる紙片が散乱している。
勉強部屋の痕跡は、経営者の家族や関係者の学生が部屋として使用していたのかもしれません。
燃えたお札に関しては、雰囲気を演出するための悪戯か、営業当時から貼られていたものか判断がつきません。
当時の状況をうかがい知ることができる紙片の内容
散乱している、当時の状況をうかがい知ることができる紙片の内容が以下です。
●赤いマジックペンで「赤いベッドの部屋に入るな」
●部屋の清掃に関する「赤いベッドの」「業者」「清掃がまだ」
●繰り返し書かれている「残念です。残念です。ざんねんです。ざんねんです。」
●「貴子さん」という方と揉め事があったことを示唆するような文章
筆者はこれらの紙片について、「心霊スポットの雰囲気を演出するために置かれた悪戯」「業務上の清掃メモ」「交換ノート」ではないかと推測しています。
「赤いベッドの部屋に入るな」という紙片は、赤いベッドの部屋で幽霊が出るという噂を受け、雰囲気を演出するために置かれた悪戯ではないでしょうか。
部屋の清掃に関する紙片はスタッフに向けた業務メモ、その他の紙片は交換ノートが散り散りになったものだと思われます。
交換ノートについて、現在ではほとんど見かけることがありません。ですが「ホテル皇邸」が営業していた時代は、多くのラブホテルに交換ノートというものが設置されていました。そこへ、利用客が自由に感想や記録を記したり、それに対して別の利用客が返事を書いたりしていました。
このような様々な紙片が散り散りとなり、今に残っているものをつなぎ合わせた結果、怪文書のようになってしまったのではないかと考えられます。
「ホテル皇邸」の噂
「ホテル皇邸」では、心霊現象や閉業理由に関する様々な噂があります。それらの噂が以下です。
●営業当時から心霊現象が発生しており、階段を上がってくる足音が聞こえる、勝手にトイレの水が流れるなどの現象があった。
●2階の割れた窓から女性の幽霊が見える。
●部屋で焼身自殺をした女性がいる。そのため閉業後に、焼身自殺した部屋が特定されないよう部屋番号が取り外されている。その部屋は、赤いベッドがある部屋ではないかと言われている。
●経営者が自殺をしており、この方が焼身自殺をした女性ではないかとも言われている。
●客室で、女性が殺害される事件があった。
●営業当時の心霊現象を抑えるため、もしくは焼身自殺をした女性を供養するため、御札が張られていた。
●部屋で女性のすすり泣く声や、断末魔のような叫び声が聞こえる。
●数ある部屋の中で、理由は不明だが3つ危険な部屋がある。(危険というのは心霊的な意味)
●利用客を盗撮、それをVHSビデオテープとして販売していたという事件があり、これがきっかけとなって閉業したと言われている。
女性の幽霊による心霊現象というところは共通していますが、どれも噂の域を出ないものばかりです。ですが、1つだけ信憑性が高いと思われる話があります。
それが、閉業のきっかけと言われている盗撮事件です。
閉業のきっかけと言われる盗撮事件について
様々な噂がある中で、閉業のきっかけと言われる盗撮事件は、他の噂より具体的な情報や話があります。深掘りして調査をした内容が以下です。
「ホテル皇邸」の客室には隠しカメラが仕掛けられており、利用客を盗撮、それをVHSビデオテープにして販売していた。
盗撮された被害者の中には、高知県のテレビ局で人気番組の司会を務めているアナウンサーの男女もいた。
この件が広まったことでホテル経営者は厳しく責め立てられ、ホテルは人気が無くなり経営難で閉業となった。そして、経営者は客室で自殺をしてしまった。
関連する噂として、盗撮・販売を行っていたのは地元の暴力団であり、経営者は関与していなかったという話もあります。また、隣接する「新川川橋」から、2階の客室を盗撮されることがあったという話もあります。
しかし、暴力団や経営者の関与の有無、経営者が客室で自殺、隣接する橋からの盗撮といった情報は、曖昧な部分が多いです。
ですが、盗撮・VHSビデオテープを販売していた件と、アナウンサーの男女が盗撮された件については、具体的な情報が多数あります。
個人が特定されることを防ぐために詳細は伏せます。調べてみると、アナウンサー男女の盗撮ビデオが出回っていた大体の年、アナウンサーの氏名、所属していたテレビ局、司会を担当していた番組など具体的な情報が出てきます。
結局のところは噂であり真偽は不明ですが、具体的な情報が多数確認できることから、他の噂より信憑性があります。
まとめ
●開業年は、1979年(昭和54年)12月~1980年(昭和55年)5月18日
閉業年は、1991年(平成3年)6月14日~1992年(平成4年)6月15日
廃業年は、1996年(平成8年)5月~1997年(平成9年)5月
●営業期間は、11年間ほどと思われる。
●散乱している紙片は、「業務上の清掃メモ」「交換ノート」「心霊スポットの雰囲気を演出するために置かれた悪戯」と推測。
●女性に共通する数多くの噂があるが、どれも信憑性が低く噂の域を出ない。
●閉業のきっかけと言われる盗撮事件は真偽不明だが、具体的な情報が多数確認できることから他の噂より信憑性がある。
以上が、「ホテル皇邸」の噂・心霊現象・閉業理由などの考察です。
最後までご覧いただきありがとうございました。
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