公開日 2026年9月14日
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こんにちは。
今回は、「魚清別館」という広島県福山市の本郷温泉に存在した温泉旅館について調査します。
概要
「魚清別館」は、広島県福山市の本郷温泉に存在した温泉旅館です。
この旅館は、熱帯の木々が生い茂る「ジャングル温泉」という浴場を売りとしていました。
1980年代後半に廃業したと推測され、2026年6月現在は廃墟として建物が現存しています。
歴史
「魚清別館」は、1958年頃(昭和33年頃)に開業しました。
場所は、大谷川を挟んで東側の場所です。建物は横長方形の2階建てで、白い外壁が特徴的なことから「白亜の殿堂」と謳われていました。
設計も特徴的で、1階ホールは2階と吹き抜け、2階ロビーには複数配置された丸窓、2階の張り出しを活かした屋根付きガレージなどを設けていました。
「魚清別館」は、機能性とデザイン性を重視した斬新で近代的な旅館だったのです。
1965年(昭和40年)には、高さ11メートルの平屋建て「ジャングル温泉」と、100畳の宴会場・談話室・売店がある2階建ての建物を増築しました。これらは大谷川を挟んで西側に建てられ、東側にある「魚清別館」と渡り廊下で接続されていました。
この「ジャングル温泉」は中国地方初で、非常に注目されて大人気となりました。
また大谷山での松茸狩りや、養殖したきじの料理を名物として宣伝し、大いに賑わいました。
1970年代になると本郷温泉全体が衰退し始め、1980年代後半に「魚清別館」は廃業しました。廃業後、「ジャングル温泉」と100畳の宴会場などがあった建物は解体されました。
現在は「白亜の殿堂」と謳われた東側の建物のみ、廃墟として建物が残っています。

【筆者所有資料】「魚清別館」のパンフレットです。
設備
「魚清別館」には、以下のような設備がありました。
客室
16室(内5室は客室にバス・トイレ付)
宴会場
100畳の大会場(舞台付)
45畳の小会場(舞台付)
浴場(ジャングル温泉を構成する7つの浴槽)
ヴィーナス風呂(大風呂)
レモン風呂(女性用)
パイン風呂(男性用)
バナナ風呂
スベリ台風呂
寝風呂
滝風呂
娯楽
テレビ・麻雀・卓球・囲碁など
売店
熱帯植物・特産品販売
料金
「魚清別館」の料金(推定1960年代)がこちらです。
宿泊料
1泊2食付き 1,500円から4,000円
入湯休憩料
大人 150円
子供 100円
団体(50名以上)130円
魅力
ジャングル温泉
大きな魅力として「ジャングル温泉」という浴場がありました。
温泉内にはヤシやバナナなど、260種類以上の熱帯植物が植えられていました。「ジャングル温泉」は7種類の浴槽で構成されており、レモン風呂・パイン風呂・バナナ風呂などがありました。
1965年(昭和40年)発行の中国新聞には「ジャングル温泉」開業の記事があり、「中国地方初のジャングル温泉」と書かれています。
このような「ジャングル温泉」は、「魚清別館」一番の魅力だったことでしょう。
きじ料理
「魚清別館」はきじの養殖を行っており、それを活かしたきじ料理を名物としていました。
和食きじ料理では、きじ鍋・きじ刺身・きじ釜飯などがありました。洋食きじ料理では、きじロースト・きじバーベキューなどがありました。
松茸狩り
大谷山では松茸が採れたため、それを活かして「魚清別館」は松茸狩りを毎年秋の恒例イベントとしていました。
松茸狩りは入山料を支払うと取り放題で、ハイキングを兼ねて多くの参加者が訪れました。
まとめ
以上が、本郷温泉の旅館「魚清別館」についてです。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。


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