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【岡山県岡山市】「京山」に存在した遊園地の歴史-2023年4月記述

岡山県

公開日 2023年4月5日

こんにちは。

今回は、岡山県岡山市北区の「京山」に存在した遊園地の歴史について調査をしました。

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「京山」について

「京山」は、岡山駅から北に車で10分ほどの場所にある小高い山です。その標高は約80メートルです。

この山の山頂に、半世紀にわたって岡山市民に親しまれてきた遊園地がありました。

【岡山県岡山市】「京山」に存在した遊園地の歴史-2023年4月記述

【2026年4月筆者撮影】写真中央にある小高い山が「京山」です。遊歩道が設置されており、山麓から山頂まで10分から15分ほどで登ることができます。

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「京山」遊園地としての歴史

「京山八方閣」と「京山ロープウェー」1956年から1964年

「京山」の遊園地としての歴史は、1956年(昭和31年)7月20日に開園した「京山八方閣」と「京山ロープウェー」から始まります。

運営会社は、「岡山電気軌道株式会社」が出資をして設立した「岡山観光索道株式会社」でした。

「京山八方閣」は、京山山頂に建設された鉄筋コンクリート造4階建ての白い円筒形展望台でした。2階と3階の床が30分間で一周し、景色を360度楽しむことができました。「京山八方閣」内部には、食堂・座敷宴会場・プールなどがありました。

この展望台は日本初となる回転展望台で、路面電車を運営する「岡山電気軌道株式会社」の軌道敷設技術を応用して生み出されました。

これ以降、全国各地に同様の回転展望台が広がっていきました。

「京山ロープウェー」は岡山県初のロープウェイで、山頂駅から山麓駅まで全長160m、高低差58mでした。定員は25人で、「しらさぎ号」と「かささぎ号」というゴンドラが山頂と山麓を4分おきに往復していました。

日本初・岡山県初があった当時は、相当注目されたことでしょう。

「岡山ファミリーランド」1964年から1982年

1964年(昭和39年)4月、「岡山観光索道株式会社」は「岡山ファミリーランド株式会社」に社名変更しました。

そして、「京山八方閣」を含む山頂の施設全体を「岡山ファミリーランド」と改称し、「京山八方閣」は「京山タワー」へと名前が変更されました。「京山タワー」内部には、ボーリング場やレストランなどがありました。

「岡山ファミリーランド」はロープウェイ駅舎の改修や、京山山頂にプロムナードテラスを新設しました。夏季にはお化け屋敷を行い、岡山市民に「京山といえばお化け屋敷」というイメージが付くほど、毎年の恒例イベントとして大いに人気を集めました。

「京山ロープウェイ遊園」1982年から1998年

1970年代後半から、「岡山ファミリーランド」の来場者数が減少してきました。そのため、1982年(昭和57年)に「岡山ファミリーランド株式会社」は「岡山電気軌道株式会社」に吸収合併されました。

運営会社は「岡山電気軌道株式会社」となり、施設は「京山ロープウェー遊園」という名前に変更されました。

「岡山電気軌道株式会社」は、約1億5,000万円をかけて観覧車やメリーゴーランドなどの大型遊具を導入しました。その効果によって、多くの人々で賑わう大人気遊園地となりました。

「岡山ファミリーランド」時代から人気であったお化け屋敷も継続して行われ、閉園最後の年まで岡山市民に親しまれました。

しかし、1990年代になると入場者数は減少し、赤字経営が続くようになりました。そして1998年(平成10年)6月に事業の撤退を決定し、同年9月6日に閉園しました。

「岡山スカイガーデン」1999年から2007年

翌年の1999年(平成11年)、全国各地で「おもちゃ王国」を運営している「株式会社サンヨープレジャー」が運営会社となり、名称を「岡山スカイガーデン」として再出発しました。

「岡山スカイガーデン」のロープウェイの定員は15人で、「こうらく号」と「うじょう号」というゴンドラが山頂駅と山麓駅を10分おきに結んでいました。

「京山タワー」は「スカイタワー」へと名前が変更されました。「スカイタワー」には、レストランや様々なおもちゃで遊ぶことのできるキッズランドなどがありました。

再出発したものの、施設の老朽化と駐車場不足を理由に2007年(平成19年)5月6日に閉園しました。

「京山ソーラー・グリーン・パーク」2011年から2025年

閉園から4年後の2011年(平成23年)2月1日、「岡山電気軌道株式会社」の親会社である「両備ホールディングス」が、この場所を「京山ソーラー・グリーン・パーク」という名称で、太陽光発電実験施設として利用することになりました。

「京山タワー」は、太陽光発電を活用した植物人工栽培研究施設に転用されました。

太陽光発電実験施設として利用するにあたり、観覧車やメリーゴーランドなどのアトラクション、ロープウェイのワイヤーや支柱は撤去されました。

2011年(平成23年)4月23日には、ロープウェイが通っていた京山の斜面に「京山ソーラー・グリーン・パーク」までの遊歩道が整備されました。

それによって、施設の営業時間内であれば「岡山スカイガーデン」跡を自由に見学できるようになりました。

ですが「京山ソーラー・グリーン・パーク」が移転する関係で、2025年(令和7年)5月15日に「京山遊歩道」は閉鎖されました。

【岡山県岡山市】「京山」に存在した遊園地の歴史-2023年4月記述

【2023年3月筆者撮影】「京山ソーラー・グリーン・パーク」です。内部は、太陽光発電を利用した植物人口栽培工場および実験施設となっています。

2025年から現在

「京山遊歩道」閉鎖によって、「岡山スカイガーデン」跡を自由に見学することはできなくなりました。

遊歩道閉鎖前までは、退役した航空自衛隊の戦闘機が設置されていたことで有名でしたが、2026年4月現在撤去されています。

戦闘機が設置されていた時の様子は「「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問」をご覧ください。

現状、京山山頂の活用に関する動きやニュースはありません。

【岡山県岡山市】「京山」に存在した遊園地の歴史-2023年4月記述

【2023年3月筆者撮影】京山山頂に設置されていた、退役した航空自衛隊の戦闘機です。名前は「F-104J要撃戦闘機」です。用途廃止後、「京山ロープウェイ遊園」時代の1996年(平成8年)から設置されています。

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まとめ

以上が、「京山」に存在した遊園地の歴史です。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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