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「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問

岡山県

訪問・撮影日 2023年3月
公開日 2023年4月5日

追記・変更
●2025年3月9日「戦闘機撤去の情報」を追加

こんにちは。

2023年3月に、岡山県岡山市北区の京山山頂に設置されている、退役した航空自衛隊のF-104J戦闘機へ訪れました。

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戦闘機撤去の情報

先日Twitterで話題になっていましたが、2026年3月5日現在、京山山頂にあるF-104J戦闘機は撤去されて存在していないとのことです。

調べたところ、2025年11月末までには撤去されていたようです。

撤去後の様子は「「岡山スカイガーデン」戦闘機撤去-遊歩道閉鎖後の現地レポ-2026年4月訪問」をご覧ください。

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京山にある戦闘機の概要

岡山県岡山市北区にある京山の山頂には、退役した航空自衛隊の戦闘機が設置されています。

京山山頂には、2007年(平成19年)まで「岡山スカイガーデン」という遊園地が存在しました。戦闘機は、そのアトラクションの一部として設置されていました。

この戦闘機の名前は、「F-104J要撃戦闘機」です。

「F-104J要撃戦闘機」は、1962年(昭和37年)3月から航空自衛隊に配備され、航空自衛隊初の超音速主力戦闘機として活躍していました。ですが耐用年数や任務の変化により、1986年(昭和61年)頃までに全機が用途廃止となりました。

京山山頂にある機体の経歴は以下です。

●1967年(昭和42年)2月5日 製造
●1967年(昭和42年)3月25日 千歳基地に配属
●1982年(昭和57年)3月25日 那覇基地に配属
●1985年(昭和60年)5月21日 用途廃止

用途廃止後、1996年(平成8年)春から京山山頂に設置され、現在に至ります。

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戦闘機の現地レポ

右側面全体

側面から見ると非常に細く、ミサイルのような形状をしています。

機体のカラーについて

機体の色は本来、ジュラルミン無塗装の全面シルバー色でした。

ですが、1982年(昭和57年)に那覇基地へ配属された際、塩害対策として灰白色のグレー色に塗装されました。

この塗装は、通称「沖縄塗装」と呼ばれています。

後方全体

後方です。胴体に比べて垂直尾翼は大きいです。

水平尾翼も大きいです。

エンジン部分は赤い鉄板で閉じられています。

前方全体

右側側面詳細

垂直尾翼には、「76-8687」という機体番号のマーキングがあります。

機体番号の下には部隊マークがありますが、ほとんど消えています。この部隊マークについては、「左側側面詳細」で詳しく記載しています。

近くで見ると、小さな金属板がパッチワークのようにつなぎ合わされて機体を構成していることが分かります。

「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問

機体の中程に、開いている箇所があります。

このフックは、「アレスティング・フック」といいます。

着陸する機体をワイヤーに引っかけて、短い距離で停止させるための装備です。

これは、アース接続口です。

飛行機が空を飛ぶと、空気との摩擦で機体に大量の静電気を帯びます。

着陸した飛行機は帯電しているため、アースを接続して静電気を逃がし、給油時の火花や整備士の感電を防いでいます。

「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問

主脚です。台座に固定されています。

「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問

主脚の右車輪です。

機体の周囲はフェンスで囲まれており、機体の説明看板が設置されています。

計器板説明図です。

コックピット配置図です。

航空機配置図です。

「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問

右側側面の「エアインテーク(空気取入口)」です。オレンジ色の鉄板で塞がれています。

「エアインテーク」の先端は円錐型になっています。

これは「ショックコーン」といい、気流を整えて空気を吸い込むために円錐型をしています。

右側側面の「エアインテーク(空気取入口)」下部です。

右側面の日の丸は上部が黒ずみ、塗装が大きく消えています。

日の丸の右側には、「687」という番号のマーキングがあります。

この番号は、垂直尾翼にある「76ー8687」という機体番号の下3桁です。

キャノピーという操縦席を覆う窓の下には、「M MATSUDA」「S KATAYAMA」という2人の日本人の名前があります。

緊急時に、外からキャノピーを開けるためのレバーや、操作方法のマーキングがあります。

右側側面の前部にある「687」と書かれたこのパーツは、「AOAセンサー」を保護するためのカバーです。

「AOAセンサー」は迎え角を測定する機器です。迎え角とは、空気の流れに対して飛行機の翼がどれほど傾いているのかを表す角度のことです。

このセンサーを自然環境から守るために、保護カバーが取り付けられています。

前方詳細

「COCKPIT ACCESS HATCH」と書いてあります。

軽く触ってみると、デニムのような硬く厚みのある布でした。

機体前方の下部です。コケによって緑色になっています。

機体前方下部のフェンスにある説明板の文字は、ほとんど消えています。

前脚の格納部です。

「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問
「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問

多少の錆びはありますが、外観と比較すると状態が良いように見えます。

狭いスペースに色々なパーツが複雑に取り付けられています。

機体先端、鋭く尖がっている部分は「ピトー管」といいます。

先端から空気を取り込んで、速度を測るための装置です。

何者かによって強い力がかかったのか、少し曲がっています。

左側側面詳細

「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問

左側側面の前方部です。

右側側面と比べて左側側面のほうが、日光が当たりにくいためかコケや汚れが多いです。

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左側側面にも、「687」の機体番号と日の丸のマーキングがあります。

右側側面と比べて左側側面のほうが、塗装の退色が少なくはっきりと残っています。

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前脚の車輪です。

「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問

一部錆びている部分があります。

「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問

主脚の左車輪です。

「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問

主脚の左車輪を格納する装置です。

「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問

左側側面の後方部に、すこし開いている箇所があります。

「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問

沖縄県那覇基地の第207飛行隊マーク

垂直尾翼にあるZの形と青い楕円のマーキングは、沖縄県那覇基地の第207飛行隊マークです。

このマークは第207飛行隊が、1972年(昭和47年)11月7日から1986年(昭和61年)3月19日まで使っていました。

赤く縁取りされたZの形は「2」、青い楕円は「0」、赤く縁取りされたZの中は「7」です。

青い楕円の中にある4つの白い星は、南十字星を表しています。

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スプリング遊具

「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問

戦闘機の横には花壇の跡と、2つのスプリング遊具があります。

「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問

カメとアヒルのスプリング遊具です。

スプリング遊具の奥は草木で覆われています。

「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問

遊園地が現役の頃は、花壇に美しい花々が咲いていたことでしょう。

今では雑草だけでなく、樹木も育っています。

「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問

スプリング遊具はどこか寂しげです。

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帰り道について

「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機を現地レポ-2023年3月訪問

戦闘機が設置されている場所から出たところです。

この道を奥へ進むと、「京山ソーラー・グリーン・パーク」やロープウェイ山頂駅、遊歩道へ戻ることができます。

戦闘機が設置されている場所のすぐ横には、車が通れるほどの広い道があります。

この道を進むと5分もかからず、京山を下ることができます。

遊歩道を下りて、「岡山スカイガーデン」のロープウェイ山麓駅跡地まで戻ってきました。

木々の間から山頂駅が見えます。現役当時は多くのお客様を楽しませたことでしょう。

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まとめ

以上で2023年3月、「岡山スカイガーデン」京山山頂の戦闘機現地レポを終わります。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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